背信(4)

作者:佐藤@Celaeno
[2019/05/20(月)]
「初秋」

[背信(3)] [ダブル・デュースの対決(1)]

 八幡は様々なことを佑司に教えた。  目玉焼きの作り方、卵焼きの作り方、トーストの作り方、ステーキ肉の焼き方、料理の作り方全般を教えた。  料理を作り食べるにあたっての作法を教えた。料理を作ったり食べたりした後の片付け方を教えた。  とくに、食べ物を食べるにあたって、これから食べる相手に対して敬意を払うことは入念に教えた。  食物連鎖の頂点に立つものは決してその下にあるものを支配しているわけではない。彼らの命を糧にして生かされているに過ぎないのだ。それは、鳥や牛、豚などの家畜や野菜、穀物を食べる行為だけでなく、これから彼が社会という生存競争の荒波の中で、人を蹴落とし自分の立ち位置を確保するという行為にも同じことが言える。時に、人を利用して汚れた行為に手を染めないといけないこともあるかもしれない。そのとき、相手を軽んじ蔑むことは慎むべきだと八幡は教えた。 「そもそも、なんでそんなことまでして生きなければならないの」と佑司は問うた。 「生まれてしまったんだ。生き抜かないといけないだろ」 「シンプルなんだね」 「ああ、シンプルで美しく残酷なことだ。まだ少年であるお前に教えるのは酷かもしれない。だが、お前はこれから同年代の少年少女たちが想像だにできない荒波をその歳で乗り越えないといけないんだ。しっかり知っておかなければならない」  ログハウスを作るにあたっても様々な事を教えた。のこぎりの使い方、鉋の使い方、木を組み合わせるにあたっての注意点、窓枠の填め方などを懇切丁寧に教えた。  平行して、八幡は佑司に本を読むことを奨めた。なにかを判断するにしても、判断材料がないと話にならない。毎日テレビから垂れ流される一方的な情報の奔流はあえて遮断した。かわりに、歴史書や様々なフィクションを与えて読ませた。最初は日課として強制したのだが、日が経ち読んだ册数が増えていくにつれ佑司は自分から本と要求してくるようになった。  様々な現代文学、サイエンス・フィクション、環境問題や政治・経済思想に関する様々な立ち位置からの意見を書いた本、哲学などを素人の生兵法はどうかとは思ったが、それもまた一つの経験と思って与えていった。 ログハウスはどんどん組み上がっていったが、部屋が出来るそばから本で埋まって行く。身体を作り上げるためのトレーニング器具と、頭を鍛えるための本とで部屋は埋まって行って仕舞いには雪乃に「本当に、男の子の部屋って始末に負えないわね」と言わせてしまった。 「その男の子って、俺も入っている?」 「ええ、こんな大きな子供じゃ面倒みるのが大変だわ。少しは私の苦労もわかって欲しいわね」と、言われてしまった。それを聞いた佑司と八幡は顔を見合わせ苦笑した。たしかに、こんな大きなガキを抱えちゃ流石の才女様でも苦労が絶えまい。お互いに自分のことは棚にあげて、相手を「大きなガキ」扱いして笑った。  そんなこんなで、佑司の飲み込は早く、八幡はその成長に満足していた。  そして、夏も佳境という8月19日、八幡は佑司の母、相馬南あらため相模南と接触を持った。佑司を母親と対決させないといけない。 「八幡、ひとつ確認したいことがあるの」と、雪乃が言った。 「なんだ」 「佑司君をどうするつもり」 「まだ、考え中だ。まあ、対処方法としてはいくつかある」 「たとえば?」 「このまま、相模に引き渡してしまうのもひとつの手だ。ただ、それだとまた無気力な少年に戻ってしまって、元の木阿弥になりかねない」 「まだ他にあるのかしら」 「児相に届け出て、施設に預けてしまうのも手だな。だが、それだと年齢制限にひっかかるだろう。これから預けてもせいぜい、2年かそこらで追い出される。それまでに、自活する術を身につけないとな」 「私たちで、、、、私たちで育てるといのは、駄目かしら」 「赤の他人だぞ」と言って八幡は雪乃を見つめた。 「あなたは、あの子を気にならないのかしら」 「あいつの意思もあるだろ。最悪、両親のネグレクトを材料に慰謝料などをふんだくって、その金と一緒に後見人に任せるという手もある」 「でも、それでは佑司君の将来が・・・・」 「いいか、雪乃、俺たちはあの子の親じゃないんだ。俺たちは全くの赤の他人、両親はあの相模南と相馬祐介だ。彼らが責任を持つべきなんだ」 「でも、彼らはそうはしなかった」 「ああ。だから、せめて金銭面だけでも責任を果たさせるさ」 「そう・・・・」 「・・・・・・」 「ねえ八幡、土岐さんのところからあがってきた佑司君に関する調査ファイル、あのことは・・・・」 「忘れろ。俺たちには関係ない。俺たちの意思は全く関与していなかった」 「でも、私たちの・・・・」 「駄目だ。法的には俺たちはなんの権利もないんだ。全て、あのクソッタレな内務省優生保護局がやったことだ。あんなことに同意しなければ・・・・」 「でも、そうしなければ彼は・・・」 雪乃と八幡が話し合っている声を部屋の外から聞いている人影があった。 人影は、ドアを押し開け中に入ろうかどうしようかと迷った末、諦めて自分の寝床に戻った。 「どうせ、僕は誰からも必要とされていないんだ。実の父さんや母さんにも・・・」 涙で頬を濡らし佑司はベッドの上で丸まっていた。 問題の調査ファイルには、八幡と雪乃がそれぞれ内務省と外務省に入省したときに遺伝子バンクに登録した遺伝子情報の行き先が記されていた。  特殊任務に着いた部隊員に義務づけられていたもので、部隊員が死亡もしくは生殖能力を失ったときに遺伝子バンクから遺伝子情報を引き出し適切な相手の遺伝子情報と組み合わせで胚を生成して人工子宮や代理出産の請負人か配偶者の子宮に移植して子供を作ることが出来る。その代わり、遺伝子情報を利用して子供を持てない夫婦(たとえば遺伝するおそれのある疾患のあるものや同性婚のカップルなど)のために人工胚の生成を許諾するといった制度があった。  佑司は、とある事情で子が出来なかった相模が、伝手を辿って優生保護局から取得した人工胚を使って生んだ子であった。それがたまたま、なんの運命の巡り合わせなのか八幡と雪乃の遺伝子情報を基にしたものだった。おそらく、このことは相模南も相馬祐介も知らない。第三者に提供される場合には、遺伝子提供者たちの国家公務員試験の試験成績や身体能力のみが明かされる。氏名は非公開なのだ。ただ、試験成績と身体能力のみを基準に八幡と雪乃の遺伝子情報を使ったのだろう。その結果が今回のことだった。 「俺は、誰からも・・・・・」  もちろん、八幡と雪乃はこのことを知ってから真剣に悩んだ。自分たちが引き取ることも考えたのだが、制度上彼らにはなんの権利もない。それに、八幡も雪乃も佑司のアイデンティティをこれ以上揺さぶるような事態は避けたかった。彼が両親となんの繋がりもないという事実は、きっと佑司を混乱させる。その気遣いが、裏目に出ようとしているとはこのとき八幡も雪乃の知らなかったのだった。 (つづく)

[背信(3)] [ダブル・デュースの対決(1)]