背信(3)

作者:佐藤@Celaeno
[2019/05/20(月)]
「初秋」

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「佑司、起きるんだ」そう言って八幡は佑司を叩き起こした。 「ううん、、、、まだ眠い。もう少し寝かせて」と佑司は寝袋から出ようとしない。 「そうやって寝ていても、物事はなにも進まないぞ」 「あと5分、、、、5分だけでいいから」 「駄目だ」そういうと、八幡は寝袋の足の部分を掴むと上に持ち上げ、うまい具合に佑司を寝袋から引き摺りだした。 「ちょっと、乱暴だよ。あんた」 「ああ、乱暴さ。世を拗ねた聞き分けのないガキンチョの扱いに関しては、エキスパートなんだ。お前みたいな奴を扱うにはどうすればいいのかようく解っているのさ」と言うと、寝袋を素早く畳んで部屋の隅に放り投げるとテーブルについた。 「・・・・・」ぶすくれた顔をした佑司は、無言で八幡の対面に座ると目の前に用意された朝食に目を落とした。よく焼けた目玉焼きにベーコン、ゆで卵とトーストとコーヒーという取り合わせであった。 「今日の朝食はこれだけ?」 「十分だろ。足りなかったら、あのクーラーボックスに材料が入っているから、自分で調理して食べてくれ」 「料理なんかしたことないよ」 「卵を割ったことくらいあるだろ。フライパンに適当に油をひき、卵を割ってフライパンに落とす。あとは適当に火を通して塩こしょうをまぶしてやれば目玉焼きの出来上がりだ」 「卵を割るところからして未経験なんだけど」 「それはいい、人生何事もはじめてってのがある。はじめての産声、はじめてのはいはい、はじめての歩行、はじめての学校、友人、そしてやがてはじめての恋人をつくって結婚し、はじめての子供を作る。はじめてってのはいいぞ。新鮮だ」 「あんたは、そのはじめてをどこまで経験したんだよ」 「とりあえず、結婚と子供以外は大抵のことは経験したな」なんなら、はじめての殺しまであると付け加えようかと思ったが、話が面倒になるので八幡はやめておいた。 「お前のメシを作るのはこれで最後だ。今日の昼からは、自分で作るんだ。目玉焼きが難しいというなら作り方を教えるし、目玉焼きが出来るようになってそれに飽きたら次は肉の妬き方や野菜の切り方を教える。その前に、風呂炊きに使う薪の割り方なども教えないとな。おぼえることは沢山あるぞ」 「俺、嫌だよ。面倒臭いし・・・・」 「佑司、お前には生きて行くうえで欠けているものが多すぎる」 「薪割りなんて、現代生活じゃ必要ないと思うけど」 「薪割りはたしかに、都会生活では必要ないな。なんなら、食事も金さえあれば外食をするという方法もある」 「なら、なんでおぼえないといけないのさ」 「ここが都会じゃないからだ。それに、人生にはなにがあるかわからない。選択肢は多いほどいいだろう。最悪、物事が悪い方向に進んでいって山ごもりをしなければならなくなったら薪割りなどの能力も必要になる。おぼえておいて損はないぞ」 「仮定が無茶苦茶だ」そういうと、佑司はナイフとフォークをもって卵焼きを食べ始めた。 「フォークの持ち方がなっていない。なんだ、そのフォークの柄をがっしりと握る持ち方は。こうだ、俺の持ち方を参考にして持ち直せ」 「・・・・・・わかった」 そういうと佑司は、八幡の持ち方をじっくり見たあと、まるで原始人が骨付き肉の骨を持つような握りからから持ち直して、八幡や他の人が持つような一般的な持ち方に変えた。出来ないわけじゃない。知らなかったのだ。一体、佑司はどういう育てられ方をしたのかと八幡は思った。 「お前に聞いていなかったな」 「なにが?」 「これから、どうしたい。親父さんの下に帰りたくないってのはわかった。母親のところに行くのか」と、佑司の意思を聞いてみる。ベーコンを切っていた佑司の手は止まり、佑司はじっとベーコンと目玉焼きの載せられた皿を見つめていた。 「わからない」 「わからないとは?」 「父さんも母さんも嫌いだ。どっちのところにも行きたくない」 「そうか」 「あんた、僕を母さんのところに連れ帰ることが仕事だったんだよな」 「ああ、前金で50万円、後金50万円の契約でお前さんを連れ帰ることになっている」 「じゃあ、僕を連れ帰らなかったら?」 「後金は当然無しだし、前金もいくらか返金するはめになるかもな。まあ、俺はそれでもいいんだが」 「探偵ってのは、因果な商売だよな」 「ああ、成果を出さないと金が貰えない。だが、なにも探偵に限った話じゃないがな」 「なんで探偵になろうなんて思ったの?」 「自分の生きたいように生きられるからさ。仕事が気に食わなけりゃ、放り出すことも出来る」 「警察を辞めたのは生きたいように生きられなかったから?」 「まあ、そんなところだ」 「僕は、どんなふうに生きたいのかもわからない」 「そうか、じゃあ探すことだな。自分で」 「自分で・・・・」 「まさか、俺が『こういう生き方をしろ』とお前の生き方を提示するわけにはいかない。お前の人生だろ」 「これから、薪の割り方とか教え込まれるんだけど」 「それは生き方を提示することじゃない。生き方を貫くためのツールを提供することだ。それは、大人の役目だ。子供は自分の生き方を自分で探せばいい」 「急にそんなことを言われても・・・・」 「まだ、お前は自分で自分のことさえ考えられない状態だ。時間は作ってやる。そのための材料を与えよう。じっくり考えるがいい。お前自身の人生なんだからな」そういうと八幡は、佑司の肩に手を置いて励ますように揺すった。 「それまで、お前の母南には待ってもらうことにする。じっくり考えろ」 (つづく)

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