誘拐(1)

作者:佐藤@Celaeno
[2019/05/20(月)]
「初秋」

[失投] [誘拐(2)]

初夏の日が容赦なく照りつける中、八幡は生い茂る雑木林の中で相馬邸を見張っていた。 「それにしても、暑いなあ・・・・」と思わず独り言が漏れる。このあたりには、昔千代小学校という小学校と県立千葉大宮高等学校という高校があったが、いまはどちらも存在していない。小学校跡地には雑木林が、かつて高校のあった土地には大きな邸宅があった。どちらも、日本の人口の減少期に廃校になっている。 高校の方は、2020年あたりまでは旧県立千葉東高校から移転してきた通信制高校があった。最初は、周辺住民の期待がかかった全日制普通科高校が設立されたのだが、成績優秀者が来たのは最初の二期だけで、あとは周辺の出来の悪い生徒たちが集まる底辺校に転落しやがて他の高校の通信制が移転してくるまでになった。であるから、正確には八幡たちが高校生になる何年か前にはすでに本来の千葉大宮高校は廃校になっていた。そして、とどめを刺したのが、あの房総半島沖大震災による校舎の倒壊であった。周辺の住宅もほとんどが倒壊し、当時の政権の無策というよりも責任放棄によって千葉県は知事は自治体としての機能を喪失する寸前まで経済的に落ち込んで、「民自党政権当てにならず」という認識に至った市政府による美浜区にしぼりこんだ復興が本格的になる頃には、大宮町やその隣の仁戸名町などはほとんど人がいないゴーストタウンとなっていた。人がいなければ、当然子供もいない。いない子供達を教育する施設もいらないということで、あたり一帯の教育機関は、千葉大宮高校も含めすべて再建されることなく更地にされてしまった。 その後、2030年頃から、人口が少ないことや、高速道路や幹線道である大網街道へのアクセスが容易なことから、高額所得者たちが廃墟となった土地を買い漁り、整地して思い思いの邸宅を建てるようになっていった。特に、大網街道沿いの仁戸名地区と東関東自動車道の大宮インターに近い旧大宮団地にはいまでは高級住宅の立ち並ぶ地区となっていて、各戸が十分なスペースをとって地区全体を支配していた。そして、家屋が建っていないところには、木が植えられてて鬱蒼とした森や林が出現していたのだった。八幡の潜んでいる雑木林も、そうやって出来たものの一つであり、彼は旧千代小学校にある林の中から、千葉大宮高校跡地にある相馬邸を睨みつけているという次第であった。 「パキッ」と背後で小枝の折れる音がした。台座に固定された双眼鏡から目を話した八幡が目を向けると、ジャングル迷彩とまではいかないが、林の中にとけ込むような服装をした雪ノ下雪乃が背中にカーキ色のリュックサックを背負って近づいてきた。 「お、雪乃、なんかあったか」 「なんかあったかじゃないわ。昨日予備調査に行くと言って千葉南高校に行ったと思ったら次は本郷に、そのまま事務所にも帰らず今度はこんなところでサバイバルゲームごっこ?定時報告くらいして欲しいわ。昨日はずっと事務所で終電まで待っていたのよ」と雪乃が文句を言う。 「あれ?もしかして携帯端末に仕込んだ『どこ彼』のログを見てやってきたの?」と揶揄うように言った。 「馬鹿・・・・ええ、そうよ。放っておくと、あっちにふらふら、こっちにふらふらとするあなたを追跡するために、ヤンデレストーカー彼女さんたち御用達アプリ『どこ彼』を使って追跡しました」と頬を膨らませていう。もう30代後半だというのに実に可愛い。実を言えば、あまりにも行動把握が困難な八幡をすぐに捕まえられるようにと、双方合意の下でお互いの携帯端末に行動追跡アプリを入れていて、それを今回は彼女が使ったのだ。 「ヤンデレは勘弁な。で、昨日頼んでおいた協力関係にある事務所への応援要請、どうなった?」 「土岐探偵事務所に東京方面の調査を依頼しておいたわ。早速、相馬祐介の後ろ暗いサイドビジネスのネタが入ってきているわ。脇が甘いったらありゃしない」 「相手の脇が甘いのはこっちにとって好都合だ」といって双眼鏡に目を戻す。双眼鏡に見えるのは、相馬佑司の部屋での窓であった。さっきから佑司は、机の上にある端末をいじってエロサイトや掲示板を眺めたり勉強をしたりしていた。他の人間に興味を持つインセンティブとなる性欲があるようで何よりだ。人間に対する興味を全く失っていては更生の道も無いというものである。視線を下に落とすと、彼の祖父母らしき人物が庭で何事かしていた。邸宅内には、使用人らし女性が一人いるだけ。警備員も犬も無し。邸宅内への侵入はいまのところ予定に入っていないが、警備員と犬がいないのはいざというときに作業がやりやすい。八幡はいるかいないかわからない神に感謝した。 「磯辺薫と新垣綾瀬に関する調査は?」 「あら、そんなことまで人任せ?」 「ダブルチェックだよ。磯辺薫の方は事前に調査はしておいた。国家公務員一種試験合格の才媛だ。新垣の証言とも合致する。最初会ったときは本当に国一の合格者かと疑ってしまう有様だったが、彼女の経歴を調べるうちに納得がいった」 「親中派のパージに巻き込まれたって土岐さんところの第一次報告書にはあったけど」 「文科省の教育制度審議会に当時の高校教育関連課の課長の補佐として入っていたが、その黒田課長が親中派として目点けられて、民自党によるパージの対象にあった。黒田とその親玉であった宇津木透高校教育部会長の派閥に属していると目された磯辺薫も巻き添えを食らって退職に追い込まれたらしい。ここまであっているかな」 「私の『知人』に聞いた話もそんな感じだったわ」 「知人って、例の色男か?」 「ええ、そう。いまでも好意を持ってくれているらしくて、守秘義務違反ギリギリの情報提供をしてくれているの」 「お優しいこって」 「あら、妬いているの?」 「いや、お前を信じているから妬いてなんかないよ」 「馬鹿・・・・」 「と、おや、出かけるようだな」車庫のあたりで、使用人の女性佑司と共に玄関に出てきた。いままで視認していなかった運転手らしき男がが車を出そうとしているた。佑司と女性の使用人は後部座席に乗り込んでいった。 「運転手付きか。金持ちは生活様式からして俺のような人間とは違う」 「それって、お金持ちへの僻?」 「ああ、僻んでいるさ」 「父や母には聞かせられないわ」 「そういえば、元気なのか。お前の父上と母上は」 「この前電話したら『いつ、あの腐った目の男と結婚するの?もう、生き遅れで贅沢は言えないんだから、適当なところで妥協しなさい』と母に言われたわ」 「そんな酷いこと言わないと思うぞ。あの人たち、お前への愛情が強いし、それに一般庶民と違って上品なんだから、そんな下層階級地味た物言いはしないだろ」と言うと、双眼鏡を録画モードにしてから上から合羽のようなものをかぶせて隠した。合羽は色を変えて林の下地と同じ模様になって偽装をした。 「あら、そんなものどこで?」 「県警時代にちょっと借りて返しそびれた備品さ。ちなみに、記録上はズケンダの砂漠地帯で使用者と共に行方不明となっている」 「毎度呆れるわ」 「さあ、かくれんぼの次は鬼ごっこの時間だ。佑司君とその召使いがどこに向かうか確かめないとな。行動パターンの把握のために」 (「誘拐(2)」へつづく)

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