失投

作者:佐藤@Celaeno
[2019/05/20(月)]
「初秋」

[スクール・デイズ] [誘拐(1)]

あのあと、磯辺薫から更に詳しい話を聞いた八幡は、いよいよもって佑司の保護が必要だと感じた。保護した後にどうするかはまだ思いつかない。佑司本人にも会って意思を確かめないといけないだろう。そう思いながら、愛車のカリーナGT-Rを操り、京葉道路を使って一路事務所のある浅草橋へと向かった。 事務所に付いてから、磯辺薫へのインタビューを録音したICレコーダーから音声ファイルをPCに取り込んだ。音声言語解析プログラムの「クフィア」を起動し取りあえずのテキストへの落とし込みをしたあと、暗号化した音声ファイルとテキストファイルを所定の複数のサーバにアップロードしてた。その後、またICレコーダーとウェアラブルPCを持ち、事務所を出て本郷にある剣菱銀行へと向かった。 剣菱銀行は、旧財閥系の銀行である。剣菱ホールディングスのグループ企業の一つであり、旧剣菱財閥系の企業がその下にぶら下がっていた。グループ企業は、ほとんどの業界を網羅しており、その中には機械メーカーとして有名な剣菱重工があった。剣菱重工は兵器メーカーとしても有名で、軍や警察に中小型の特殊車両、端的にいうと戦車を納入している。いくつかの関西で有名を馳せる新浜市タンクポリスをはじめとする近畿圏広域警察機構や、関東では東京市警などが積極的に導入していた。 本郷にある剣菱銀行の近くまで来た八幡は、近くにある駐車場を車内端末で検索してそこに駐車をする。電車で来るという手もあったが、なにがあるのかわからないので足となる車は常に連れ歩くことにしているのだ。駐車場に車を止め出てきた頃には17時を回っていた。まずは、相馬祐介氏の行動パターンを簡単にでも把握しないといけない。剣菱銀行本店の近くの喫茶店に張り込み、相馬の退勤を待っていた。 「それにしても、専務のあれないよね」18時をまわろうかという頃、後ろの方からなにやら話し声が聞こえてきた。たしか、先程本店ビルから出てきた女性たちだたと気付いた。 「課長、首になっちゃうのかな」 「まあ、都築課長これまでも何回か失敗をやらかしているから、もう駄目なんじゃないかなあ」 「相馬さん、容赦ないしね」 相馬の名が出てきて、八幡は声のした方を彼女たちに違和感をもたれないように伺った。歳の頃は20代後半だろうかと思われる女性たち。有能そうな雰囲気と話の内容からいって、相馬と都築とかいう課長の部下なんだろう。 「あ、でも都築課長は結構、相馬専務のお気に入りじゃない」 「お気に入りっていうか、あれでしょ」 「いくらなんでも、課長を贔屓にしすぎでしょ。たしかに美人なんだけど」 「・・・・・もうよそう、こんな話」ともう一人の方が言った。こりゃ、予定を変更して情報源の確保をしたほうがいいな。そう思い立ち、八幡は二人の女性のうち話題を切り上げた方に注意を向けた。 女性の名は新垣綾瀬というらしい。30歳前後といったところか。会話から察するに、あまり男運は良くないらしい。趣味はスノーボードにスキーなどウィンタースポーツ系やマラソンであり、マラソンの方は市民マラソンにちょくちょく参加しているらしい。酒も結構いけるクチらしく、喫茶店から出た新垣女史は、二件ばかりまわった後に一人御茶ノ水近辺のバーに入っていった。 「何になさいますか」とバーテンダーが新垣綾瀬に問う。 「ドライマニティーニ、オリーブを入れて地中海風に」後から入った八幡は、数秒ほど店の中を見回し、新垣綾瀬が一人飲んでいることを確認すると彼女に近づいていった。一つ置いた席に付くと、バーテンダーに声をかける。「すまないが、俺も同じ奴を頼む」 「・・・・・」新垣綾瀬は無言で八幡に視線を向けた。それを無視するかのように、席に向かい、胸のポケットから赤マルを出すと一本取り出して火を付ける。ちょっと迷惑そうな顔をする新垣の視線にはじめて気がついたかのようにして視線を返すと、おもむろに一言「すみません、ご迷惑でしたか」と言うと火を付ける手を止めた。 「いいえ、お気に為さらず」と新垣は微笑みかえしてきた。 「この店にはよく来られるんですか」と八幡 「ええ、まあ月に二三度ほどですけど」 「俺は初めてなんです。なかなかいい雰囲気の店だ。あなたは趣味がいい」 「そうですか。そんなに凝った作りの店でもないですけど・・・あ、いえいい店ですよ。大原さん」とバーテンダーに釈明地味た言葉をかける。「いや、別にいいんですよ。私も趣味を予て片手間にやっているだけですから」と大原と呼ばれたバーテンダーは言った。どうやら、マスターでもあるらしい。 「でも、結構気に入っているんです。本当ですよ」と慌てて付け加える新垣綾瀬。もしかしたら、ちょっとした知り合いなのかもしれない。意図せず彼女の防壁の脆弱制を早々に発見できた。ここはひとつ、攻めていくしかあるまい。 「俺も結構好きだなあ。この店の雰囲気。気取らない作りがオーナーの人柄を感じさせる」 「そうですよね。大原さん、すごく良い人だもの」と自らの失点を挽回しようと続ける。 「よく、一人で来られるんですか」と八幡は聞いた。 「いえ、いつも一人というわけじゃないんですけど・・・・」 「じゃあ、恋人と?」 「恋人、、、と言えるのかしら。よくわからないわ」となにか思うようにして視線をカウンターに落として言う。 「ふむ・・・・」と、八幡は悪戯好きな少年のような顔で新垣を見つめてうなる。 「いえ、親しい男性と一緒によく来るんです」と新垣。 「もしかして、会社の上司とか?」 「えっ!?いいえ、それは・・・・」これまた思わぬ収穫かもしれない。だが、あまり突っ込むとせっかくの成果を台無しにする。八幡は、そこで一旦追求の手を緩めた。 「まあ、人生色々だ。そういうこともあるでしょう。それに、初対面の相手に対して些か失礼をしてしまった。どうです、そのマティーニ、俺に奢らせてくれませんか」 「いいんですか?」 「ええ、、、、」そして、それから1時間あまり話を続けた。 「比企谷さん、女の人を口説くのがお上手ですのね」 「そうですか?俺はそんな、どこぞのジゴロのような口のうまい男だという自覚はないんですけどね」 「そう?さり気なく近づいて、瞬く間に話かける切っ掛けを掴んで、巧みな話術で人の心を掴んで行く。一体、誰に教わったのかしら」 「少年時代にとびきりの美人と親しくし、彼女に女の扱いの手ほどきを受けたんですよ」 「どんなご関係?」 「まあ、言ってしまえば妹なんですけどね」 「あら、シスコン?道理で、知り合いに似ているとは思ったわ」 「少女だった頃にそのシスコン男性に痛い目に合わされたとか?」 「ええ、彼に必死の想いで告白したのに、結局ふられました。とびきり美人の妹さんがいて、『こいつにふさわしい彼氏が出来るまでは俺は誰とも付き合うつもりはない!』とか、すごく引いちゃうこと言われて」 「その不届き者は、いまどうしています?」 「さあ、、、、でも、風の噂では、この前の戦争で行方不明になったとか。あの娘のことを放っておいて、なんて人なのかしら。そんな男を好きになって、それからずっと駄目男ばかり好きになって、きっと男運がないのね」そういう新垣を一瞬不憫に思った。その碌でもない男の最新版が自分なのかと思うと、八幡は心の中で自嘲気味の笑みを浮かべた。 「その妹さんもあなたも苦労されているようだ」 「ええ、苦労しっぱなし。今日も会社の上司について一緒に愚痴をいっていたところです」と言った。ということは、もう片方の美女がその『妹さん』というわけか。 「上司の愚痴か。俺も良くやるよ」と言うと、諦念に満ちた顔でカウンターの向うに視線を移す。 「あら、どんな方?」 「怖い女上司でね。司法試験を一発で通って、警察の上級職にまで上り詰めたような有能な奴なんだ」 「あら、じゃあすごいハイミス?」 「それが、とんでもない美人だから頭に来る。いつも『比企谷君、あなたいつになったら人助けのために自分の犠牲にする悪い癖を直すのかしら』とか、実に慈愛に満ちた顔でざっくり俺の心を抉るように問いつめて来るもんだから、本当に処置なしだよ」 「比企谷さん、警察の方?」 「いや、元警官さ。警察組織に合わなかったのか、半ば首になるような形で辞めてしまってね。いまじゃ、興信所の調査員さ」 「探偵さん?なんか、変わった職業の方と知り合えたわ」と、笑顔で言った。 「で、その調査の相手ってもしかして相馬祐介部長なのかしら?」と新垣が少し固い表情で言った。そこで、とんだ失敗をしてしまったと八幡は思った。まあ、ここまで来たからには仕方ない。当たって砕けろだ。と、賭ける様にして新垣に言った「一緒に、このバーによく来る『親しい男性上司』って、相馬祐介部長のことなんじゃないかな」 「どうしてそう思うの?」と、新垣は探るような目つきで言った。 「とんだ偏見に基づいて言っているのかもしれないが、男女の仲には友情はありえない。ぶっちゃけ、相馬部長とは男女の仲なんじゃないかな?」 「そうだとしたら?」 「俺は相馬祐介の妻の相馬南からの依頼で動いている。相馬祐介との間に出来た息子の佑司を奪還して欲しいというものだ。もちろん、極めて合法的にね」 「先程の怖い女上司さんの言葉が本当なら、いつもの『癖』と発揮して、自己犠牲の精神で非合法な手段でも用いておやりになったら?」 「いや、まさか。人から嫌われるとか恨まれる、命を狙われるってのは馴れているし馴れることも出来るが、国家権力を敵にまわしてまでやるような事じゃない。もちろん、祐介君が虐待を受けているというなら話は別だが」 「受けていると言ったら?」 「なに!?」 「冗談よ。いえ、あながち冗談でもないかしら。ネグレクトも十分に虐待と言えるものね」 「その件については知っている。担任に聞いた」 「磯辺薫さんでしょ?」 「何故、単なる部下の君が磯辺薫の名を知っているんだ?」 「彼女、昔の同級生なの。国家公務員一種試験にも受かった逸材だったのに、高校の、それも落ちぶれた元進学校の教師になんてなって、一生懸命に生徒を救おうとしているのよ。そんな彼女をまさか利用していないでしょうね」 「利用していないかと問われれば否定は出来ない。だが、神に・・・・って不信心な俺が言うのもなんだが、まあそれと似たような何かに誓っていうが、私利私欲のためじゃない。今回の仕事を受けたのも、半ば私情からだ」 「そう、、、、」 「相馬部長に関する情報をくれると非常に助かる。主に佑司君がな」そういった八幡の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、新垣は一枚の名刺を出して裏に端末番号とメールアドレスを書くと差し出してきた。 「改めて自己紹介するわ。私の名は新垣綾瀬」 「俺の名は、、、」そう言いながら八幡も名刺を取り出し新垣綾瀬に渡した。 「比企谷八幡。比企谷興信所の所長だ」 「あら、怖い女上司さんがいるんじゃなかったかしら」 「ああ、仕事のパートナーだが、ほとんど俺の上司みたいなもんだ。そこ細かいから突っ込まないでくれよな」 (つづく)

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