スクール・デイズ

作者:佐藤@Celaeno
[2019/05/20(月)]
「初秋」

[依頼者] [失投]

 比企谷八幡は今、県立千葉南高等学校に来ていた。  県立千葉南高等学校といえば、八幡が高校生だった頃までは、県下でも有数な進学校として有名だった。千葉高校や千葉東高校ほどではないにしても、東大にも進学者を出しており、それなりに優秀な生徒が通うそんな高校だったはずだ。  しかし、八幡がいま目にしているのは、すっかり落ちぶれた並の高校であった。いや、並でさえないかもしれない。校舎は、十年前に起きた房総半島東方沖地震での崩壊を機に新しく立て替えられ、最新設備も整っているらしいが、外から見た感じではベランダで柄の悪い生徒たちが巫山戯ているし、校門には小さいながらも落書きなどがあった。先日、別件で訪れた母校総武高校の落ち着いた雰囲気と比べると雲泥の差であった。 「時の流れってやつか」と、短く刈り揃えた頭を撫でながら、校舎の端にある受付事務所に足を向けた。  受付で、相馬佑司の担任へアポイントメントがある旨を伝えると、受付の女性が内線で担任教師を呼び出してくれた。暫くすると、担任教師がいそいそと出てきた。若い女性教師であったが、顔に覇気がない。見た目だけで判断するのもどうかと思うが、然程優秀ではなさそうだった。 「佑司君の担任の磯辺薫といいます」とその教師は言った。 「わざわざお時間を割いていただき恐縮です。私、こういう者です」といって、八幡は名刺を差し出す。 「比企谷八幡、探偵さん?」 「まあ、格好良くいえばそんなものです。電話でもお話した通り、ここの生徒である相馬佑司君の母親から捜索依頼を請けまして、その調査のために色々とお伺いしたいことがありお時間をいただいた次第です」 「まあ、ここではなんですので、相談室でお話を」 「ええ、では案内をお願いいたします」  校内はなんともいえない雰囲気であった。八幡は、南高にかつて部活で一回来た事がある。  この高校にも、ボランティア部という奉仕部と似たような部活があって、そのボランティア部との合同事案で訪れたのだった。校舎はもちろん、崩壊前の半世紀ちかくたった古臭い校舎だったが、建物は古臭くても中身はいまと違って活気に満ちていた。  だが、いまの南高にはかつての活気はない。校舎は新しくなってはいたが、無気力な顔をした生徒達に、覇気の無い教師達、校内は荒れており、本当にここが南高なのかと訝しんだ。まるで、校舎とともに昔の南高は崩壊してしまい、全く違うなにかがとって変わってしまったかのようであった。  他人の高校のことながら、昔を知る八幡はなにか居たたまれない気分になった。相馬佑司もこんな落ちぶれた空気の中で日々の学生生活を送っていたのだろうか。そう考えながら磯辺薫に導かれるまま相談室へと向かった。 「どうですか。我が校は」と、相談室につくなり磯辺薫は口を開いた。 「ええ、まあ結構いい校舎ですよね」と八幡は当たり障りのない感想を口にする。 「昔、ここにいらしたことがあったんでしょ。その当時と比べると雲泥の差ですよね」と磯辺の口から以外な言葉が出てきた。「ああ、まあ、ちょっと部活動の絡みでお伺いしたとこがありますが、何故来たことがあると思われたんですか?」と八幡。 「私、昔ここの生徒だったんです」と、遠い目をしながら窓の外へと視線を向けた。初夏の日差しの中、やる気のなさそうなサッカー部員たちがだらだらとボールを追いかけていた。 「ボランティア部に所属していて、その部活動でお会いしたことがあったのですけど、おぼえてらっしゃいません?」 「すみません、随分昔のことなもんで・・・・って、俺と同年代!?」と思わず聞き返した。雪ノ下雪乃も30代後半とは思えない容貌をしていたが、この磯辺薫もとても30代後半とは思えない。とくに若作りしているようにも見えないし、むしろ人生に疲れている印象しかうけなかった。 「部長の雪ノ下雪乃さんでしたっけ、彼女いまでも一緒にいらしているんですね。事務所のコーポレートサイトを見せていただきましたけど、以前にも増して綺麗になられていてびっくりしました」 「そうですか。結構、調べられたんですね」 「ええ、なんせ担任教師としての責務がありますから」 「第一印象からしたあなたに対する判断を変えないといけないようだ。全く、探偵失格だな」 「そうですね」とバッサリと切られる八幡 「では、昔のよしみに甘えていきなり本題に入らせてもらっていいかな」 「どうぞ」 「俺はいま、相馬佑司の母親から依頼を請けて、息子の奪還をするにあたって利用できそうな情報を収集している」 「ええ」 「でだ、彼の家庭環境や学校での生活、父親や母親など家族に関するありとあらゆる情報を収集することによって、いからいかにして合法的に彼を奪還できるか模索しなければならない。率直にいって、相馬佑司というのはどういう生徒だったんだろうか」と八幡は一気にまくしたてるように言った。こういう時には、なんの飾り気もない言葉で、率直にいった方が良いと彼の経験上判断したのだ。 「無気力でした」と再び顔を窓の外へと向ける。 「父親や母親の社会的地位については、概略はご存知かと思いますけど、彼の父は剣菱ホールディングス系の剣菱銀行の重役にまでなった男で、ほとんど仕事仕事で家に寄り付きもしない人です。そのことで、母親である相馬南さんからはちょくちょく愚痴をきかされていました」と言いながらセミロングの髪を搔き上げる。 「母親は母親で、息子である佑司君の育児を全く放棄するような女性でした。はっきりいって、私あの人たちのことあまり好きじゃありません」と、眉間に皺を寄せて教師らしからぬことを言った。 「担任教師にしては、随分と思い入れをしているようですね」 「ええ、担任というだけではなく、彼、相馬佑司君は私の部活の部員ですし、色々と事情を聞き出しているんです。大抵は『ああ』とか『別に』とか『先生には関係ないだろ』とかいって話してくれないんですけど、たまに話してくれるときがあるんです。そのとき・・・・」と悲しい目になり伏し目がちに「とても、辛そうに話すんです」その顔は、最初あったときの能面のような顔ではなかった。思わず、美しいと思ってしまった。造形的な意味ではない。優しい、母性にあふれた顔が八幡に思わずそう思わせたのであった。 「彼、学校生活もあまり順調ではないんです。苛めを受けているし、部活動でもあまり目立たないし。苛めを受けているような彼がなんでボランティア部になんか入ってまで奉仕活動をしているのか不思議でなりません。むしろ、彼が奉仕活動を受ける立場でしょうに。私が普段の彼を見るに見かねて無理に入部させてしまったからのかと思ったこともあります。でも、彼、ボランティア活動をしている時、どこか救われたような顔をすることがあるんです。お年寄りとか、小さい子供と接する時の彼の優しい顔を見ていると『ああ、この子もこんな顔が出来るんだな』なんて、そう思ってしまう。彼、人に優しくすることで救われているのね。きっと」と、磯辺薫は感情を押さえつけるようにして言った。そして、八幡に顔を向け言う。 「ねえ、比企谷さん、なんで世界ってこんなに残酷なんでしょうね。両親が離婚しようとして、その両親の争いに巻き込まれて、あんな優しい子があんな悲しい目をして、自分勝手な大人達や無理解な友人たちの悪意に晒されて。私、彼を救うためならなんでもしたいんです」 「磯辺さん、いや、薫さんて呼んで良いかな」 「ええ。是非共」 「端的に言ってしまえば、世界は残酷なものに満ちている」と、薫の目を見つめながら言う。 「救いがあることなんて、本当に稀だ。きっと、あなたのような人に出会えたことは彼にとって幸運だったと思う。いまの説明だけ聞いてもな。だけど、残酷ついでに言う。それでも、人は一人きりで生きて行かないといけない。大事なものを守るために」という八幡の言葉を聞いて、薫は目を逸らした。 「俺は単なる探偵だ。もう奉仕部の部員ですらない」というと更に辛そうな顔になった。 「そうですよね。私、なんを言っていたのかしら、、、ただの、探偵さんですものね」そして八幡は続けて言った。 「そう、単なる探偵だ。探偵は依頼人からの依頼に基づいて動く。俺に出来ることは、依頼をこなす過程で彼が自らを助けて生きて行ける端緒を作ることくらいだ」その言葉を聞いた薫は再び八幡に顔を向けた。 「では!」 「ああ、そのついでといっちゃなんだが、俺が彼を救い出す。だから、出来るかぎり強力してくれ。頼む」 (つづく)

[依頼者] [失投]