最終章「約束の地」

作者:佐藤@Celaeno
[2019/06/03(月)]
「初秋」

[キャッツキルの鷲(3)] [約束の地(2)]

はじまりはいつも突然に。 別に「東京ラブストーリー」の主題歌タイトルではない。ああ、あれは「ラブ・ストーリーは突然に」だったな。 俺が生まれる前、バブル経済という狂想曲を日本全体が奏でている頃、全くリアリティーにかける物語があの時代には流行っていた。 まあ、物語というのは、大抵現実離れしているし、大方の一般人には関係ないものだったりする。喜怒哀楽をデフォルメして、よりわかりやすくするのだからえてして大袈裟な演出になったりするものだ。 だが、時に現実は物語より奇なものとなることがある。その中には悲しく辛い「物語」もある。 そして、不幸にもそんな物語に巻き込まれてしまう人間もいる。 そう、相馬祐介と相模南、そして相馬佑司のように。 俺が関わったのは、そういった悲しい物語だった。 ーーーーー 彼、相馬祐介の下に、「兄」相馬徹が訪れたのは丁度十年前の事だった。切りの良い数字ではあるが、別段目出度くなかったと相馬祐介は思っている。 「久しぶりじゃないか」と、『兄』がはじめて言葉を発したとき、祐介はとてつもない嫌悪感を感じた。温室の育ちの彼とは違う、なにか得体のしれない不気味さを放つ一卵性双生児の『兄』、人々は人格というものが生まれついてのもだと信じたがるものだ。だが、それが単なる思い込みだという好例が相馬徹と相馬祐介の対照的な一卵性双生児であった。もし、社会科学が行動心理学の専門家がいたら格好の素材に見えたに違いない。 徹が祐介の下を訪れたのは、ビジネスのためであった。徹の仕事は、いわいるヤクザである。関東一円に覇を唱える双愛会の組長であった。 「ヤクザ」という響きには、ロマンチックな幻想を掻き立てられるもの達もいるかもしれない。かつての大俳優高倉健の演じた任侠物の主人公が体現していたような、そんなロマンをだ。だが、現実のヤクザはそんな存在ではなかった。彼らを現すには、ここ半世紀以上にわたって新たにつけられた「暴力団」という名称のほうがしっくりくるだろう。もちろん、直接的暴力を担当するのは下っ端の、肉体系戦闘員の役割である労働集約型労働者の役割であり、相馬徹はもっぱら頭脳労働系であった。もちろん、肉体労働も得意ではあったが、それは若い時分にとうに卒業していた。 彼は自らの役割を果たすため、祐介の銀行の下を訪れていた。なぜ、こんな反社会的勢力が社会適合者しか存在を赦されない場所に居れるのか、それだけでも祐介にとっては不可解なことであったが、後に彼は嫌というほどその理由を思い知る事となる。 徹を剣菱銀行に紹介したのは、内務省の物部という男(正確にはその部下)であった。彼らは双愛会を—双愛会だけでなくほとんどの暴力団やテロ組織など大手犯罪組織を—反社会的人間の登録窓口としていたのだ。一部は見逃す。その代わり、国家に害を為しそうな人間を把握するために情報を提供させたり、政府機関の汚れ仕事専門部門もやりたがらないような裏の仕事をさせるために使っていたのであった。 祐介の役割は、相馬徹と彼の組に対する「投資」を管理することであった。最初は、抽象的なというか内容のはっきりしない暗号もしくは符丁であふれた報告書を受け取りそれを上役に取り次いで稟議を通していた。だが、しかしそのうちそういった符丁は使わなくなって、やがてはっきりとその「取り扱い商品」や「提供サービス」について書いてくるようになった。多分、銀行の上層部が「抽象的すぎる」といってクレームをつけたためだろうと今となって相馬祐介は思っている。 「取り扱い商品」や「提供サービス」は多岐にわたった。武器、麻薬、「人材」その他エトセトラ、エトセトラ、、、だが、その「事業」のための資金の貸し付けは直接銀行から彼ら双愛会に渡るわけではない。 図式は極めて単純であった。 まず、銀行は双愛会のフロント企業に真っ当な事業の事業資金として貸し付ける。フロント企業は多岐にわたっていた。昔ながらの土建関係の口入れ屋からはじまり、大手ゼネコンのとある会社、物流企業や貸金業、街中にある小規模商店や飲み屋、名の知れた高級レストラン、ITシステム構築を生業とするソフトウェア企業、その企業に人材を派遣する派遣業、警備会社等々、それら企業に貸し付けた金の大半が、一旦は双愛会に流れて彼らの裏の事業に「投資」される。投資された金は違法なカジノやとてもまともではない警備会社—はっきりいってしまえばPMC紛いのものだ—や、密輸業者、高利貸し、クラッカー集団などに投資され、そこからあがった莫大な収益の利鞘の大半が双愛会や剣菱グループの決してこく国税庁に把握されることのない裏帳簿に計上される。投資された元金プラス幾分かの金が、フロント企業に投資されて、その収益からあがった利益のいくらかがまた剣菱銀行に利子や元金の返済として還元されて収益を上げているのだ。祐介の仕事は、その金の管理であった。複雑な経路を経て韓流する金の流れを把握し、双愛会がごまかしをしないように監視するのが彼の役目であった。 祐介は、何故自分がこの役目に選ばれたのかわからなかった。自分で言うのもなんだが、たしかに彼は優秀であった。 相馬徹が現れるより前、数々の投資で実績をあげていた。儲かる事業を起こす起業家を見分け、それら起業家に対して投資をして利益をあげる。そういったことが楽しくもあり、社会に貢献しているという自負もあった。しかし、いま彼のやっていることはそういった社会貢献とは程遠いところにあった。 ある時、仕事の関係で双愛会の詳しい事業内容について「見分」したことがあった。具体的になにをやっているのかと見定めようとしたのだ。兄の徹は嬉々として祐介に説明してみせた。 「俺たちのやっていることは簡単だ。需要のあるところに供給をするだけだ。『薬』を欲しがっているところには『薬』を売り、『消耗品』—ああ、これは武器弾薬のことだな—を欲するところには『消耗品』を売り、『人材』の欲しいところには『人材』を供給する。普通に、どんな企業だってやっていることだろ」 「人材提供!?」 「子供達だ」 それから徹から聞いたことは、思わず耳を塞ぎたくなるような内容だった。最も金になるのは『人材』だと徹は言った。 「いまの不景気な世の中、人余りだと言われるが、そんなことを言う連中は全く判っちゃいない。適切なところに適切な『人材』を送り届けることで収益があがる。なに、プログラマーやSEを派遣するのと同じさ。自爆テロ用に薬浸けにした子供を機甲兵装と一緒に売りつけたり、ロシアや中国の武装警察隊と戦うための駒にするために訓練した子供を売りつけたり、とても人には言えないような欲望を満たしたいという金持ち連中に特別にその手の『技術』を仕込んだ子供を売りつける。そうしてはじめて莫大な利益を生み出せる。『市場』のニーズを的確に掴まないと駄目だ」 「そんな、、、、」 「これがかなり需要があるんだよ。だから、俺たちは決して破綻することはない。適切な経営判断をしている。お前達の銀行も、いい商売相手を見つけたな。国家官僚組織のお墨付きだ。何も心配することはない」 その日、兄の言葉を思い返し猛烈な嘔吐感に襲われた。吐きそうになるのを必至でこらえ、家に帰ってトイレに入ったときにとうとう堪えきれずに胃の中の物を全て吐き出した。それでもまだ足りず、水を飲んではそれを吐き出し、気を落ち着けるために飲んだ酒を吐き出しを繰り返し、ようやっと収まったのは翌朝のことであった。 自分は一体なんでこんな非道なことに手を貸しているのかと思った。百歩譲って、麻薬や武器の密貿易に手を貸すのは良しろしよう—いや、良くはなないのだが—それでも人身売買にまで手を貸すのは絶対に倫理的に赦されることではない。そう決意して銀行へと出勤した。 一体、何故こんなことに手を出したのかと上司に詰め寄った。それに対する回答は「不景気だからな」の一言だけだった。まるで、それだけで十分説明出来るとでもいうかのように。だが、彼は納得しなかった。この仕事から外してくれと懇願するように言った。 「しかし、君の代わりとなる人材は居ないのだよ。すまんが、我慢してやってくれんかね」 「こんな非道なことに加担する事は出来ません!」 「ふむ、、、、」上役である剣菱勇三は暫く考え込んでから口を開いた。 「しかし、事が公になると様々な方面が困ることになる」 「そんなこと、知ったことじゃない!」 「公表でもするかね。『私は、武器の密輸や人身売買のためと知っていて反社会的勢力に対する貸し付け業務に携わっていました』と」 「・・・・・この事態を止めることが出来るなら」 「なるほど」更に歓呼んでから剣菱勇三はまた口を開いた。 「君は、たしか息子さんが居たね」 「それがなにか・・・・・」 「彼の幸せを思うなら、ここで事実に目を臥せて働いた方が良くないかね」 「息子のためを思う?こんなことに加担させられた父を持った佑司がいま現在幸福なはずがない!」 「もっと直裁に言ったほうがいいかね。息子さんの幸せを思うなら、口を噤んでいたまえ」 「なっ、、、、!」 その時、彼ははじめて知った。ここは、他の銀行はどうかはしらないが、かつてどんな銀行だったにせよ、いまの剣菱銀行は決して「反社会的勢力が居てはいけない場所」ではないのだと。その時、彼は再び深い絶望に叩き落とされた。 「これは、国家的規模の事案だ。双愛会だけじゃない。他のヤクザ組織も絡んでいる。全ての機関がではないが、有力省庁も黙認の上での計画だ。むしろ、これに反対することが国家への叛逆と思いたまえ」 それから、一体どうやって一日の業務をこなしたのか、祐介は全く覚えていなかった。家に帰り着き、妻の南と相対したとき、どうしもうなく申し訳無い思いにかられた。一体、どうしたらいいのか。彼にあ解決策が思いつかなかった。 佑司は可愛い息子である。いまでもそう思っている。撫でれば猫毛のような髪の毛は手触りが良く、小さい頃の笑顔は保護欲を掻き立てる可愛いものであった。そして、その思いは今でも変わらない。 祐介とは血の繋がりはない。妻の南も佑司とは血の繋がりはない。佑司を授かったのは、国の優生保護プログラムのおかげであった。 遺伝子上の両親の名も知っている。彼らがどんな人間なのか、記録を見たことがある。二人とも、それぞれ国家警察局の警察官であった。 父親の方は、千葉県警からの引き抜きであり、現場からの叩き上げであった。若い頃は、地域課にいて交番勤務で地域住民からえらく慕われていたと記録にはあった。名前は比企谷八幡という。 高校の頃は、札付きのワルというわけではなかったが、「高校生活を振り返って」というテーマで「青春とは欺瞞であり悪である」などと書いたり、進路希望に「専業主夫」と呆れた内容を書いたりとかなりの問題児であったらしい。そんな彼が警察官になったのは、三年生の秋頃に遭遇したある事件であった。それ以来、彼は人が変わったように勉学に打ち込み、中途編入で陸自少年工科学校に編入、一時陸上自衛隊に入隊し防衛大学校に進んでその後色々とあって千葉県警に入ったという変わった経歴の持ち主だった。 陸自士官としての資格(現在も予備士官であった)と、国家警察局の職員としての資格(現在休職中)を持っている。完全に辞めていないのは、辞められない事情があったからだ。国家警察局外事課に引き抜かれたとき、義体化をして、そのメンテナンスのために常に陸自や警察の技術部門の世話になっている。機密技術の塊のような身体だし、義体を取り上げて四肢のない状態で放り出すのは人道に反するということと、彼が優秀な警察官で、現在心的外傷ストレス症候群の治療のため一時的に休職するという形で一線から身を引いていたのだ。 不思議な経歴の持ち主ではあるが、「地域課の警官として地域住民に慕われていた」という部分に好感が持てた。防衛大学校に入学して卒業出来て、年齢的に若いのに警視にまでなれたことからも人並み以上の知的能力の持ち主であることも確実であった。 母親の名と経歴も見た。母親の名は雪ノ下雪乃という。偶然にも、比企谷八幡とは同じ高校に所属し、同じ部活動で部長をしていた。奉仕部という一風変わった部活動であったらしい。どんな部活かと思って調べてみると、現在も千葉市立総武高校に存在しており、活動内容はいわいるボランティアであった。当時の部活動の記録も調べてみた。そうすると、妻の南の名があったので聞いてみた。 「えっ、奉仕部?」妻の南は、その名を聞いて少し表情を曇らせた。 「なにかあったのかい?」 「いいえ、話すと恥ずかしい過去があるのよ」と言った。 妻の南に聞くと、彼らのことについて話し始めた。 最初の印象は決して良くなかったこと。文化祭で、若気の至りからその素養も実力もないのに実行委員長になって多くの人に迷惑をかけてしまったこと。そして、この二人が身体を張って助けてくれたことなどを。 「あの時は、私助けられていることがわからなかったのね」と南は遠い目をしていった。 「最後まで我侭で自分勝手に動いて、危うく文化祭を打ち壊してしまうところだったの。でも、彼、比企谷君が泥を被って私を最後の舞台に立たせてくれた」 「まるで、好きな男のことを語っているような目をして言うんんだな」と、祐介は軽く嫉妬して言った。 「好きだったのかもね」と言って、微笑む。 「その後も色々あって、彼に惹かれていたのかも。でも、彼他に好きな人がいたからね。到底、私では勝ち目のない女の子だった」 「それって、もしかして・・・・」 「ええ、あなたが選んだ遺伝子上の母親、雪ノ下雪乃さんよ」 プロフィールには、凛とした顔立ちの女性の写真が印刷さえていた。 「しかし、男の方は・・・・」 「目つき悪いでしょ。彼を知らない人が見たら、怖がるくらいよ」と言い、プロフィールを手に取るとまぶしそうにしながら見ていた。 「彼と彼女がいたから、いまの私があるの」 「そうか」 「きっと、あの時身体全体で当たってくれたから、私はまともになれたんだわ」 「そうか」 「でも、彼、高校卒業間際に失踪しちゃったのよね。それが、いつの間にか警察のエリートさんになっていただなんて。雪ノ下さんも警察に入ったのね。二人とも再会出来たのかしら・・・・」 ちょっと考え込んだ後、祐介は口を開いてこう言った。 「なんなら、他の候補に変えてもいいのだが」 「いいえ、私この二人でいいと思うの。きっと、いい子が生まれるわよ」 「すまん、俺が種無しなばかりに」 「それを知った上で結婚したんですもの。後悔はしていないわ」 祐介はそう言った妻の顔はいまでもはっきり覚えている。とても素晴らしい笑顔だった。 そして、いまら三ヶ月ほど前、彼らは犬吠埼の海岸にいた。 「なんで、あの子に辛くあたるの!?」と妻の南が言った。 彼らは、その日、友人から借りた車に乗って長距離ドライブに出ていた。頑なに自分の車を使うことを拒否する祐介に南は訝しんだ。車を借りるの借りないのといった話をするのも自宅は避けていた。ここ数年、夫の祐介はずっとこのように何かに怯えているかのようにしていた。 「あの子を愛していないからだ」 「嘘ッ!あの子が小さかった頃は、あんなに可愛がっていたのに!!」 「所詮、他人だ。血の繋がりがないって今更思い知ったのさ」と祐介は言った。 この調子で済むのなら、いっそ自分の車で来た方がよかったかもしれなかった。そうすれば、車に付けられた発信器兼盗聴器で全ての会話が「敵」に聞かれただろう。そうすれば、祐介の佑司に対する愛情が全くないと「理解」され、祐介に対する脅しの道具としての価値を失わせることが出来るかもしれない。彼は、今更ながらに、自分の迂闊さを呪った。 「どうせ他人の子だ。俺にはもうあいつを育てることは無理だ」 「じゃあ、あの時、一昨日のあれはなんだったの?声もあげずに泣いて、あの子の頭を撫でていた。あれはなんだったの?」 「お前、、、、」 「ねえ、私に話して。一体、あなたになにがあったの!?」 と、妻の南は問いつめる。黙りを決め込むが、南は真剣なまなざしで祐介を見つめていた。 何時間くらいそうしていただろうか。いや、実際は数分もなかったかもしれない。祐介はぽつりと呟いた。 「祐介を巻き込むことは出来ない。君もだ」 「巻き込む?なにに巻き込むというの?」 「俺が、双愛会絡みの案件に関わっているのは知っているよな」 「それが?どういう風に祐介と関係あるの?」 「双愛会は、人身売買にまで手を染めている」 「人身売買・・・・」 「俺は、それに耐えられなくなって、頭取に担当を外してくれるように頼み込んだ」と言って、祐介は車のハンドルを握る手に力をこめた。 「子供を薬漬けにして洗脳し、自爆テロに使ったり、とても佑司には聞かせられないような薄汚い大人の欲望のはけ口に使わせるために売ったり、、、、もう耐えられない」 「そんな事に加担させられていたのね・・・・」 「もう耐えられないから辞めさせて欲しいと言った。そしたら、なんと言われたと思う。言外に『息子の安全を確保したければ、大人しくいうことをきけ』と脅されたよ」と力なく言った。 「俺に関わっていたら、きっと佑司は殺される。だから、距離を取らないといけない。俺にとって無価値だと奴等に思わせないといけない。他に、佑司を救う術が思いつかなかったんだ!!」 「警察に言いましょう。これまでの経緯を説明すれば、家には蓄えもあるわ。あなたが出てくるまで、佑司と待っていられるくらいは。私も働くから・・・・」と言って南は涙ぐんだ。 「駄目だ。警察や国の内部にも彼らに繋がっている連中がいる。握りつぶされ、最悪佑司が殺されるかもしれない。見せしめのために」 「・・・・・・」 「なあ、俺はどうしらいい。もうこれ以上耐えられない。人の子を不幸にしておいて、その金で自分の子を幸せにしたいとは虫がよすぎる。佑司を守るために佑司に辛くあたたらないといけない。なんで、こんなことに・・・。もう嫌だ!誰か、誰か俺とお前を、いや佑司だけでもいい。助けてくれ・・・・・」というと、嗚咽を漏らした。 「・・・・・あなた、一人だけ、いや二人だけ佑司を託せる人たちがいるわ」 「それは。。。。。:」 「比企谷八幡と雪ノ下雪乃さん、彼らなら、もしかしたらあの子を助けてくれるかも」 そうして、物語はあの冒頭へと繋がって行くのであった。 (つづく)

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